ピタゴラス(数学・幾何学者)
『同士諸君。罪深い食べ物で体を汚さないでください。私たちにはトウモロコシがあります。
たわわに実るリンゴがあります。見事に熟したブドウがあります。甘い香りのハーブや、 火にかければ
柔らかく煮える野菜があります。地球は汚れのない食べ物という富を、惜しみなく与えてくれます。
そして血を見なくても殺さなくてもすむように、すばらしいごちそうをあたえてくれているのです。』

プルタゴス(ローマの作家)
『もしあなたがそのような食生活に自分がむいていると言い張るのなら、食べたい動物を自分で
殺してみなさい。さあ、やってみなさい。大きな肉切り包丁も、こん棒も、斧も使わずに自分の手で』

ダ・ビンチ、ルソー、フランクリンなど
ルネッサンス時代の画家、発明家、彫刻家、および詩人でもあったレオナルド・ダ・ ビンチは
菜食に関する倫理学的研究をまとめて次のように書いています。
『生命の価値を認めない者に、生きる価値はない』。 また、
食べた物の墓場という意味で、また肉食をする人の体を“埋葬の場所”と考えました。

アダム・スミス(経済学者-「国富論」の著者)
『生命を維持するのに肉が必要であるかどうかは疑問である。穀物や野菜、牛乳、チーズ、
バターは量が豊富で健康に良く栄養価が高く、エネルギーを与える食物である』

ベンジャミン・フランクリン(政治家・発明家)
アダム・スミスの思想に影響を受け16才のときに菜食主義者になった彼は、
自叙伝の中で肉食を『無意識の殺人』とよんでいます。

トルストイ(ロシアの作家)
彼は、1885年に菜食をはじめました。以前スポーツでやっていた狩猟を一切やめ、
菜食平和主義を唱え、アリのような小さな生き物を殺すことさえ反対しました。

リヒャルト・ワグナー(作曲家)
一切の生命が神聖であると信じました。そして菜食主義を『自然の食事法』とよびました。

マハトマ・ガンジー(思想家)
非暴力主義の偉大な提唱者マハトマ・ガンジーが菜食をしていたことは良く知られています。
ヒンズー教徒の両親の元で育ったので、肉・卵 を幼いころから口にしたことがありませんでした。
ガンジーは菜食に関する本を5冊書いています。
『肉食は我々人間に適さないと私は考えている。もし人間が動物より優れているというなら、
人間は下等な動物の真似をするという過ちを犯していることになる』
『肉体の欲求を満足させるために仲間である動物を殺すことはやめるべきだ、
と考えるようになるほどの精神的成長が必要であると、私は痛切に感じる』

バーナード・ショー(劇作家)
彼が菜食を始めたのは25才の時でした。『今までの食生活の残酷さにめざめさせてくれたのは
シェリーでした』と自叙伝で書いています。ショーのかかりつけの医者は、『そんな食事法だと
死ぬかもしれない』と忠告しましたが、ショーは元気に老齢を迎えました。
ある日友人がショーに尋ねました。『菜食で何も悪い影響はなかったよ、と
なぜ医者に報告しなかったんだい?』
『いや僕もそうしたかったんだが、医者達はとうの昔に死んでたんだよ』とショー は答えました。
またあるとき『なぜあなたはそんなに若く見えるのですか』と聞かれて、『私が年相応なだけで、
他の人が老けて見えるにすぎません。もちろん死骸を食べていれば無理もないでしょうが』と答えました。

シンガー(ノーベル賞授賞作家)
彼は1962年58才のとき菜食をはじめました。
『私たち全員が神の子どもです。一方で自分のために殺された動物を食べながら、
もう片方で神に慈愛や平和を祈るのは矛盾しています』 
彼は健康面からの菜食も認めていましたが、何よりも倫理的な理由がもっとも重要であ るということを
はっきり書いています。『仮に肉食が体に良いとされても私は絶対に食べないだろう』

私は、生まれてから、何も考えず母の作る肉料理をほおばって大きくなりました。成長してからも、
疑問を持ちつつも肉を食べ続けました。菜食になる直前の3、4年は、
ついに肉を食べるのが苦しくなりました。それでも“バランスの取れた食事をしなきゃ”
“どんな風に菜食料理を作ってよいかわからない・・”と、やはり食卓から少量の肉が消せませんでした。
そんな自分なので、私自身は、肉食をする人達を非難する気持ちはありません。

このページに載せてある言葉の数々は、歴史の流れの中で、先代の偉人達の残したものです。
過激な言葉もままありますが、「へぇ〜、こんな思想もあるのねー」 程度の気持ちで軽く
読み流してもらえたら嬉しいです。それでも気分を害された方がいらしたら、ゴメンなさい<(_ _)>
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